【那覇市議会議員 比嘉みずき 公式ホームページ】プロフィール 

プロフィール

比嘉みずき

Mizuki Higa

P1030879.JPGわたしが那覇市会議員選挙に立候補することを決意したのは2004年の冬のことでした。
当時、小泉政権が誕生して様々な社会保障改悪が進められていました。

わたしは沖縄協同病院というところで働いていました。病院では医療費が支払えない患者さんが増え、毎日のように相談を受けていました。

ある日、心臓を患っていて酸素ボンベ治療を続けている患者さんから、「もう病院代が払えないから、酸素ボンベは止めようね。ごめんね」と言われました。わたしは「これまで長年、子や孫たちを育ててきたお年よりのみなさんに、こんなつらい思いをさせているのは、政治が悪いからではないか」と思うようになりました。

 辺野古ではオジィ、オバァ達が米軍基地をつくらせないために、座り込み行動をしていました。
「沖縄戦を体験した人達ががんばっている。自分はいま何をすべきか」を自問していました。
そんなとき、日本共産党の方から「選挙に出てくれ」と言われました。わたしには自信はありませんでしたが、挑戦することを決意しました。わたしに声がかかったのは、きっと多くの人々が「若い世代」に期待をしているからだと思ったからです。

あの地上戦をくぐり抜けてきた祖父や祖母が、そして、米軍占領下で無権利状態に置かれていた父や母たちが、憧れていたのは日本国憲法でした。日本国憲法で保障されている「人権」や「平和」が脅かされている今。『憲法を守り、くらしに生かす政治の実現のために、わたしたち若い世代ががんばろう』。

これがわたしの政治の道を志した原点です。

2009年 春
   比嘉瑞己

1974年7月10日
比嘉家の長男として生まれる。(弟一人)
さくら保育園(寄宮1丁目)卒園
那覇市立古蔵小学校に入学後、小学校4年生のときに神原小学校へ転校
那覇市立中学校卒業(29期)
沖縄県立那覇高等学校卒業(46期)
沖縄大学法経学部経済学科卒業
2000年(25歳)
沖縄医療生活協同組合・沖縄協同病院入職米軍占領下にあって必要な医療が受けられなかった県民のために、無差別平等の医療の実現を目指してきた、医療生協の歴史に感銘を受け入職。その歴史の中心になってがんばってきた方々が日本共産党員だったことを知る。「人のために一生懸命がんばっている。私もそういう人生を歩もう」と入党を決意する。
2003年(28歳)
全日本民医連青年ジャンボリーIN沖縄にて全国事務局次長(2003年)全日本民主医療機関連合会(民医連)が主催する1000人規模の青年職員が参加する全国大会で、沖縄戦の過去と、基地のある現在を通して「平和」を発信し成功させる。
2005年(30歳)
那覇市議会選挙にて初当選(1期目)宮城ノブコ前市議の後を継いで立候補し、初当選を果たす。那覇市議会では毎議会の個人質問を行い、教育福祉常任委員をはじめ、総務常任委員を歴任。